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「病」に対する考え方

「病」は

カラダへの“負荷”が

許容量を越えたサイン

だと基本的に考えています。


“負荷”には様々なものがありますが

特に厄介だと思うのは

その人の

「思考パターン」

「行動パターン」

のベースとなる

「こうあるべき」

です。


これは

「生きるために身につけた観念」

とも言えるかも知れません。


僕らは生きてくる中で

「こうすれば大丈夫だった。」

「こうすれば褒められた。」

「こうすれば怒られた。」

などの膨大な経験をしています。


その積み重ねから、身体は

その時に「最適解」と思われる

「思考」や「行動」を

「導き出し」ていると思うんです。


その繰り返しは

月日を追うごとに

「思考」や「行動」の

ベースを作り

  

それはいつしか

「自分はこういう人間」

というセルフイメージや

「こうあるべき」

になると思います。


そこに対して柔軟であれば問題ありませんが

固執するとそれから離れることが

寧ろ「危険」だと感じて

“負荷”が肉体の許容量を越えても

「あり方」を変えることが出来ず

カラダから「限界!」というサインが

「症状」として出ているのでは?

という方をよく目の当たりにします。


そうなると、肉体が整っても

また同じことの繰り返しになるので

「厄介」です笑


施術が便利なのは

心身に「ゆとり」が出ることで

自分を振り返る「余白」が出来やすいことだと個人的に考えています。


「こうあるべき」

に気づく瞬間は

肉体も大きく解放が起きるので

施術家冥利に尽きる瞬間だと思っています。


ただ、同時に

「病=こうあるべき」

と決めつけたくなる自分の

「こうあるべき」

に危機感を感じています。


だからこそ、施術家は

目の前のカラダを通して

「あり方」を問い続ける職業だと思っています。


先日はスタンダード講座のブラッシュアップでした。


みんな臨床を経験する中で

出てきた疑問を質疑応答をしていると

「とある病」の方の話が出ました。


「病名」がつくと急に

自分達の観念も騒ぎますが

知識と技術に頭でっかちにならず

でも、蔑ろにもせず


目の前のカラダが教えてくれることに

自分の「こうあるべき」とも向き合いながら

これからも真摯に培っていこう。


みんなお疲れ様ー!

LINEでもご予約可能です。